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若ノ城の現在は糖尿病と腎不全で腎臓移植をしていた!

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未来の横綱候補と言われた沖縄出身の力士が、沖縄の期待を一身に背負う重圧、さらに腎不全で命の危機に陥っていました。「爆報!THEフライデー」にも出演した彼は、腎臓移植を決意。その彼に救いの手を差し伸べたのは63歳の母親でした。若ノ城宗彦氏に一体なにが?

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どん底に落ちた人気力士 若ノ城宗彦

若ノ城がピンチになっとるらしいやん。えらいこっちゃやで。若ノ城は相撲で話題になった人物や。 画像

どすこいパラ。

若ノ城宗彦さんは、1973年4月13日に沖縄県で生まれた。身長は192cmで体重は150kgになる巨漢だ。

若ノ城宗彦さんの本名は、阿嘉宗彦(あかむねひこ)。若ノ城さんは、高校時代に相撲じゃなくて、柔道部に所属していたの。その大きな身体で次々と相手を倒していって、2年には全国大会の団体戦で優勝。オリンピックの代表候補選手とまで呼ばれていたわ。でも、柔道の道に進まずに相撲の道へ進んでいくことになったの。

相撲は強かったのかな!?

1992年1月には初土俵を踏む。若ノ城さんの成績が以下になる。


◎生涯成績:356勝375敗21休、勝率.487
◎幕内成績:78勝102敗、勝率.433
◎通算在位:75場所
◎幕内在位:12場所
◎各段優勝:十両1回 三段目3回 序ノ口1回


若ノ城宗彦に忍び寄る病魔「糖尿病・腎不全」

そんな若ノ城宗彦を追い詰めたんは病気やー!病気は怖いでー!病気になるもんやない!

わたし病気きらーい!健康がいちばんだよ~☆彡

若ノ城さんは、高カロリーの食生活が原因糖尿病に加えて腎不全も患っていたわ。

若ノ城さんは、現役引退後に年寄・西岩を襲名して指導者として活動したけど、そう長くは続かずに、2007年に日本相撲協会を退職している。その後は、元広島東洋カープの安仁屋宗八氏の紹介で、プロ野球マスターズリーグのディレクターになったぞ。でも、糖尿病を抱えたまま新しい人生のスタート。

本人は糖尿病がこれ以上悪化しないように筋肉トレーニングに力を入れていたけど、お酒の席が多くて糖尿病は日に日に悪化していったわ。そして、慣れないデスクワークからのストレス、運動不足から腎臓がほぼ機能しない腎不全の状態に陥ったの。お医者さんからは、透析か腎臓移植をするかの選択を迫られてしまうの。

嫌な選択パラー!どっちがいいパラー!決められないパラー!

どん底に追い詰められていく若ノ城さん・・・。移植か透析か・・・。透析か移植か・・・。

人生最大の選択を決められずに悩みに明け暮れていた若ノ城さんを救ったのは、実の母親からの腎臓移植の提案だったの。 画像

救いの手を差し伸べたのは当時64歳のママンだったパラ。手術はうまくいったパラ?

移植手術はとても難しい手術になる。手術後には出血・血管・尿管の狭窄や閉塞・痛み・感染などの合併症が引き起こされる恐れがある。

でも、しっかりと準備をして手術に臨んで腎移植が成功したら、透析の必要はなくなるわ。そして、病気の状態が改善して体力も回復・増進するの。それに、食事制限も減るから患者さんの負担が大きく減ることになるわ。

いろんなリスク、そして大切な自分の身体を子どもである若ノ城さんに分けてくれた母親の気持ちをすべて知ったうえで、母親の移植を若ノ城さんは承諾したんだ。若ノ城さんには妻と子どもがいるけど、「健康でいなければいけない」と語っている。手術は無事に成功して現在もしっかりと生活をしているそうだ。

親子愛パラ。感謝しかないパラ。

若ノ城の現在は介護施設で働く

うまくいってホッとしたよ~☆彡若ノ城さんは今、どうしてるのかな~?

糖尿病とかで昔から病院でリハビリなどを支えてもらっていたことから、今度は自分が周囲を支えていきたいと思い、介護福祉施設で働いているようだ。現在でもインスリンの注射は1日3回欠かせない状況だけど、家族に支えられながら暮らしている。

糖分のとりすぎには気をつけるパラ・・・。