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小林節子の現在 、原村生活の自宅を売却した理由とは

「レディス4」の美熟女司会者小林節子さんの現在、長野田舎暮らしの厳しい現実に直面していました。自宅も売りに出していたそう。

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小林節子の原村生活

元フジテレビアナウンサーで「レディス4」の小林節子さん。現在は長野県諏訪郡原村に移住し10LDKの豪邸にひとり暮らしをしているわ。元々ペンション用の物件を自宅として4000万円で購入したそうよ。

小林節子さんといえば、1968年フジテレビに入社、その後、フリーアナウンサーに転向し、1984年から20年間「レディス4」で司会を務めている。原村で普段は地域の副区長を務め、近所の農業学校の手伝いなどをしながら毎日を過ごしているようだ。

なんで移住したパラ?

移住したきっかけ

移住したきっかけは親の介護。小林さんは90歳の父と認知症になり始めていた80歳の母を横浜の実家から東京のマンションに呼ぶことになった。認知症の母は長年過ごした自分の家から新しい環境の変化についていけず、次第にこもりがちに。

小林さんはそんな両親に負担をかけまいと朝ごはんを作り、仕事の前に掃除を済ませて、昼間は両親を老人介護のデイサービスへと預けるなど出来る限りのことはしていた。でも、生放送 → 帰宅 → 夕食の準備、片付け → お風呂など毎日次々と家事をこなさないといけなかった・・・。

朝から働きっぱなしで疲労はピークパラ。

認知症で情緒不安定になった母との口論は毎晩遅くまで続いたみたい。そんな生活が8年ほど続いていたの。当時同期として入社していた逸見政孝さんの死が、小林さんの心を大きく変えることになったわ。「急ぐことはない、私のハードルは低くしよう」

2004年、59歳で「レディス4」を卒業して、翌年にはテレビ界から一線から退き、両親と共に長野県原村に移住を開始。

原村生活で何が変わった?

移住してなにか変わったパラ?

仕事を辞めて大自然の中で生きることを決意した小林節子さん。両親を介護しようと貯めていたお金でペンションを購入したの!移住してから少しつづ変化が出てきたわ。それまでふさぎがちだった母がよく笑うようになったの!父も広いペンションで趣味の絵画を楽しみながらゆったりとした思い思いの日々を過ごせるように!

その後、父親は100歳で他界した。そして母は骨折がキッカケで横浜の特別養護老人ホームに入居。元々ご両親のために田舎へ引っ越しを決意したが、残された当の小林さんは自宅の横に人が集まるコミュニティホールを建設することを決意した。週に一度喫茶店として営業し、そのほかにもイベントや集会を行えるスペースを提供して楽しく過ごしている。

結果オーライでよかったパラ。

原村を選んだ理由とは

原村を選んだ理由はあったパラ?

原村を選んだ理由は一言では言い表せないみたい。原村との出会いは、仕事で近くを訪れた時、ついでに立ち寄ったこと。その時に見た、村の景色の美しさに魅了されてしまったの。

そして物件を探して最初は別荘を買うつもりだったけど、別荘では催し物をしてはいけないという決まりがあったようで、ペンションを購入。駐車場スペースに建てたホールでさまざまな催しをしているけど、当時から「買ったところに人を集めて何かやりたい」と考えていたそうよ。

キッカケはご両親だけど、今は自分の夢を叶える場所になっているパラ。

それに、原村の乾燥した気候も気に入って、布団を干す必要がないくらい乾燥しているみたいだ。そしてあまり風が強くなく、湿気や強風が苦手な小林さんは、ヨーロッパ的な気候にバッチリな場所を見つけた。

この他にも、東京から離れすぎない場所を探していたから、東京から約200キロという原村はピッタリだった。小林節子さんは、「約8年にわたって、週末になると両親を連れて原村へ通うという生活を続けてきました。その当時も人からは“そんな疲れることしてたら死んじゃうよ”と言われていたものですが、私自身は疲れるどころか、原村への往来で元気になっている自分に気づいていました。つまり私は、こうして時間をかけて「実は田舎向きだった」という自分を知り、移住を決断したというわけです。」っと語っている。

原村で満喫できる、空気と水、野菜の味、清々しい気持ちいい目覚め、自分にとって最高の生活をしてしまうと、もう都会には戻れないパラ。

居場所であるペンション(家)を売った

自分の居場所を見つけた小林さんだけど、4000万円で購入したペンションを売った。

ぬぉー!?今までの美談はなんだったパラー!?

現在では父も母も亡くなって、そして兄も父の死とほぼ同時期に、肝臓がんにより、亡くなっているの。現在小林さんは1人身という状況で、10LDK という大豪邸に1人で暮らすのも難しいと考え、その思い出の自宅は売り払ってしまったそうよ。

一人で10LDK は確かに広すぎるパラ。

小林さんは介護生活も終わり、第二の人生を過ごしているわ。