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大原麗子の死因となった病気、孤独死ではなかった!

人気女優だった大原麗子さんが2009年に亡くなりました。現役時代から大豪邸で話題にもなっていた自宅が売却されたようです。

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大原麗子の人物像

大原麗子のプロフィール
▼名前:大原麗子(おおはら れいこ)
▼本名:飯塚麗子
▼生年月日:1946年11月13日
▼出身地:東京都文京区
▼血液型:AB型
▼職業:女優
▼没年月日:2009年8月3日(満62歳没)

老舗の和菓子屋の娘として生まれ、東京放映社長の大野直にスカウトされ芸能界の世界に入りました。ドラマ「幸福試験」で主演に抜擢され、NHK大河ドラマ「春日局」では、主演を務め、平均視聴率も32%を記録。

1970年以降はドラマやCMを中心に活躍していました。1973年に俳優の渡瀬恒彦さんと結婚するも、5年後に離婚。1980年に、歌手の森進一さんと再婚も1984年に離婚。

大原麗子さんの死因とは

大原麗子さんはなにが原因で亡くなったパラ?

47歳のときに乳がんの手術を受けて、1975年に、ギラン・バレー症候群を発症しているわ。これは神経の病気で、主に運動神経に異常が起き、手足に力が入らなくなるなどの症状が伴うの。

2004年のドラマ出演を最後にメディアに登場しなくなった大原さんは自宅で1人過ごすようになったわ。大原さんはギランバレー症候群を乗り越え、4年ほどで女優復帰を果たしたけど、亡くなる前の年に再発したみたい。死因は不整脈による脳内出血

当時、「孤独死」と報道されていた。孤独死とは主に一人暮らしの人が誰にも看取られること無く、当人の住居内などで生活中の突発的な疾病などによって死亡することを言うんだ。

2009年9月3日、2週間連絡が取れないことを不振に思った弟さんが警察に通報し、6日、弟さんと警察署員4、5人が自宅を訪れたところ、寝室で倒れていた大原麗子さんを発見して、検視の結果、死後3日が経過。大原麗子さんは2度の離婚を経験し、当時独身だった。

大原麗子、高倉健との繋がりとは

大原麗子さんは高倉健さんへ恋心を頂いていたそうで、今の豪邸の場所を決めた理由でもあったの。それは、畑や林などみどりが多く残っていて、自然に惹かれたこともあるけど、もう一つの理由は高倉健さんの自宅から徒歩10分ほどの距離にあるため。

高倉健さんが好きだったパラ~。

そして、遺品の中から新聞や雑誌を切り抜いた5冊のスクラップブックがあり、最初の夫の渡瀬恒彦さんと、2番目の森さんのものが2冊ずつあった。残りの1冊が高倉健さんのもの。ただ、高倉健さんは終生、大原さんを妹のように可愛がっていて、恋愛に発展することはなかったんだ。大原麗子さんはそれを感じ取り当時、気持ちを言えなかったのかも知れない。

恋心は難しいパラ。

大原麗子さんが世田谷区岡本の豪邸を建てた時にも、高倉健さんが「0015(レイコ)」というお洒落な電話番号回線を用意してくれたというエピソードもあるくらいに二人は仲良しよ。2度目の離婚後、実弟の政光さんに“誰にも言っちゃだめよ”と、高倉健さんへの好意を暗に認めたことがあったようで、心の奥底では、ずっと高倉健さんと一緒になりたかったようね。

亡くなってからは多くの方が悲しみ葬儀に参列したけど高倉健さんは葬儀には来なかったの。でも大原さんの死後、政光さんの元には桐の箱に入った線香が届いたわ。ほどなくして高倉健さんが大原さんの墓前で手を合わせる姿も見られたの。

大きすぎる家に苦しむ大原麗子

大原麗子さんは自宅の家が大きすぎるために多くの苦労を味わったみたいだ。これまで何個も集めていた高級指輪がなくなっていた。

当時大原麗子さんは仕事が激減したことでお金に困っていたの。完璧すぎるプロ意識でそれが扱いにくいとして周りのスタッフが離れていってしまったわ。そしていつしか一人に・・・。絶頂期は家政婦を雇ってお世話をしてくれたけど、今はもういない。大原麗子さんは寒さなどから身を守るために4畳半程度の家政婦さんが泊まっていた部屋にこもり、耐えていたわ。

・・・寒そうパラ。

さらに追い打ちがかかるの。ギランバレー症候群により身体は不自由になってしまったため階段を登ることもできなくなり、生活は主に1階だけ。でも家を手放すことを拒否し続けの。幼少期から貧乏生活をしていて、「いつか大きな家を建てたい」と夢を見ていたため、大豪邸は芸能界で成功した証だったから。

ある日、映画会社から出演オファーがきたわ。でも長年テレビ業界から離れていたため自分に自身がもてずにいたの。そして整形を決断。

売れていた時は若い姿だから顔を戻そうとしたパラ。

気持ちはわからなくもないわ。でも・・・整形失敗。大泣きしたの。後悔もしたの。大原麗子さんはそれをキッカケに荒れてしまい躁うつ状態となってしまい、突然怒り出すことも多々あり、そして知人にも暴言を吐き続け周りから人がいなくなってしまったわ。そして死去。

・・・パラ。

数日後あるものを発見したんだ。それはビデオデッキの中に入ってあったDVD。そのDVDには高倉健さんとの共演した記録だった。死の間際まで高倉健さんを思っていたんだ。彼女は生前残した言葉がある。

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「この家を売るときはできればそのまま残してくれると嬉しいな」

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家はそのままの状態で次の方へバトンを渡したわ。そして、世田谷区岡本にあり、土地が150坪、延べ床面積が260平方メートル、およそ3億円もするという豪邸自宅を売却。電気代もその広さから一般家庭の10倍もするの。売却する決断をしたのは家主がいなくなった空き家の今、維持費がとてもかかるから。

空家相続問題が売却を決断した理由パラ。