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なべやかん 替え玉受験の真相とたけし軍団に救われる

なべやかんさんは、替え玉受験で将来真っ暗になっちゃった歴史を持ちます。1991年、芸能界を震撼させた「替え玉事件」が発覚しました。その中心にいたのが当時タレントとして絶大な人気を誇っていた父の「なべおさみ」だったのです。息子のなべやかんさんにおこった悲劇とは?

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なべやかんの替え玉受験事件

なべやかん、一世を風靡した歴史を持つけど、1991年に明治大学へ替え玉受験で入学しようとしたことが世間に発覚したパラ。

そして警察をも巻き込む大事件へと発展したの。

替え玉事件の黒幕はなべやかんさんの父親でタレントのなべおさみさんだった。現在はこのようなことをすると、すぐにバレてしまうことでも当時はなかなかバレなかったようで、組織的に替え玉受験が行われていたそうなんだ。詳しく見てみよう。

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替え玉受験とは

替え玉受験とは、受験者本人が本来受験を行いますが、この本人になりすまして試験を受験することを言います。

その大学に合格する能力がない場合、合格できる頭脳を持つ人をなりすましで受験させることで、あたかも当人が合格したように見せかけ入学を狙うのです。

ちなみに大学受験以外でも国家試験などの受験会場でも発覚しています。

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父親は、なべおさみさん、母親は、笹るみ子さん。

 度重なる試験の失敗で父親が動く

今では高卒、短大卒や専門卒、そして大卒など大きな格差はなくなりつつあるパラ。昔は大学に行くのが当然で、その“大卒”による将来の収入にも大きな差があったパラ。

なべやかんさんは当時、成績が悪く高校を1年留年した上に成城大学への内部進学もできずに他の大学を受験することになった。しかしこの受験に失敗。このことで2年間浪人することになる。合計3年間の浪人生活をしていたんだ。

なんとかして大学に行かせたい父親のなべおさみさんが動く。芸能人という権力を駆使し、替え玉受験をおこなうよう計画を立てた。このことは息子のなべやかんは知らなかったそうで、ある日突然大学から合格通知が届いたぞ。「受けた覚えないのに」と、なべやかんは驚きの様子。

なべおさみさんは明治大学の受験話を提案してきたの。この受験は、願書に写真も貼らず、郵送もせず、試験会場にもいかなくて良いという普通ではあり得ないもの。そして念を押して言うの。「願書の封筒は絶対閉じるなよ」と。なべやかんさんは少しおかしいなと気づくも、「まぁ父の言うことだし」と受け入れてその通りにしたわ。

願書送付から約1ヶ月後、明治大学の相撲部として推薦合格を果たした。45kgの体重で相撲部だったため、そこで裏口入学をなべやかんさんは確信。ただ、浪人をしてきた身なので合格は素直に嬉しかった。赤飯を炊き、家族で美味しく喜びを分かち合ったぞ。

でも、1991年当時は一般人だった息子のなべやかんさんに替え玉受験疑惑が浮上。入学式の少し前に大学から呼び出しを受け、「受験票に貼られていた写真と本人が違う点、写真がおかしい」と問い詰められた。ここでなべやかんさんは裏口ではなく、替え玉と確信した。しかしなべやかんさんは父親のことを想い、その場は嘘を突き通したんだ。でも、世間から疑惑の目が日に日に強くなっていく。

なべおさみさんは替え玉を認めたパラ?

この疑惑についてなべおさみさんは断固否定した。でも嘘を突き通せず最終的には知人に話を持ちかけられたと不正を認め謝罪会見を開き謝罪することになる。身から出た錆とは言え、そこから地獄がはじまるんだ。

その後のなべおさみさんの証言で替え玉事件には組織的なグループが存在していることが判明。明治大学の替え玉受験は、およそ8年に渡り組織的に行われていた。これをきっかけに警察の捜査が入り、1984年から1990年にかけて20人以上が替え玉受験で明治大学に入学していたことが発覚。

替え玉事件に関与していた明治大学の元野球部監督や元相撲部監督、大学事務職員、替え玉受験者を担当する学生らが次々と逮捕される自体に発展したぞ。

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なべおさみ 1度目の会見

なべおさみさんは謝罪会見を開きそこで、新宿コマ劇場に明治大学のOBと名乗る男性が突然現れ話が弾み、話の流れで長男のなべやかんさんの話になり、留年中であることを伝えると推薦枠で入ることができると言われ名刺を渡しましたと語り、その後、年明けに男性から連絡が入り、どこの学部にするかはまかせてほしいといわれ、全学部の願書と受験料18万円を渡す運びになったと言います。

しかし、別の替え玉受験合格者は仲介役に裏金として1000万円を支払っていることが発覚しており、18万円という金額は到底世間から信じられるものではありませんでした。

なべおさみ 2度目の会見

それからしばらくして、なべおさみ さんは2回目の会見を開きます。なべおさみさんは、涙を流しながら、「あれから毎日ずっと考えていました。人の善意に甘え、本当に親バカでした」と自分の否を認め謝罪。そして頭を下げ、初対面の紳士が“替え玉受験”をもちかけてきたという話は嘘と告白。

実際、話をもちかけてきたのは、なべおさみさんの友人だったため、名前を言う事ができなかったと言います。問題の裏金については、「僕のために善意で動いてくれたんだと思います」と18万円の裏金であることを改めて語り、疑惑を否定しています。

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息子からするとアレは父親の愛


事件が発覚後はなべおさみさんの仕事はゼロになった。そして当然周りから白い目で見られていたんだ。個人事務所は閉鎖、家具なども売り払うことに。父親だけではなく、家族全員どん底に突き落とされた。

1つ間違った選択をしたために子供であるなべやかんさんをも巻き込み辛い日々を過ごした。ただ事の発端はなべやかんさんの受験。替え玉受験によりどん底に陥ったしまったのは全て親まかせにしてきた自分自身にもあるとなべやかんさんは感じて、人の道から外れてしまった父親は受験で失敗していた自分(なべやかん)のことを思ってのこと。

父親は当時一言いいたかったことがあるといいそれは、「大学だけが人生じゃない」。そしてなべやかんさんは、「働いて初めて父親の凄さがわかった。あの事件があったからこそ、初めて親子として1つになれた」と父親と息子、“親子愛”を初めて感じることが出来たと語っている。

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替え玉受験により将来真っ黒になってしまったなべやかんさんは、大学進学を完全に諦めました。なべやかんさんは“カンニング”の常習犯で、勉強がとにかく嫌いでした。

なぜこのようなことをしてしまうかと言うと、“嫌なことからすぐに逃げる”子供だったから。とにかく勉強から逃げよう逃げようとしていました。当時、お金をたくさん持っていたなべ家は、いくら大学に寄付金を渡したら入学してくれるかなどを考えていたのです。

そんななべやかんさんですが、夢はありました。「動物園の飼育員になり、ゴリラをキングコングに育てること」、17歳の頃の夢。

そして父親がビートたけしさんに息子を預かって欲しいと言われ受け入れます。ビートたけしさんは、「ビートたけしが5万出し、父親にも5万出す」ように言います。そして合計10万円で一人暮らしをさせました。

何もかもから逃げてきたなべやかんさん。一人暮らししたら死んでしまうのではないか?と噂されました。そこで、ビートたけしさんは「うちの軍団は死ぬほど辛いよ。辛すぎて死ぬことも忘れるから」と伝えました。

そしてビートたけし率いる“たけし軍団”に入ります。バンジージャンプで何度も飛ぶと身長は伸びるか?江戸時代の火あぶりの拷問に挑戦する、水中モグラ叩きなど生き地獄が待っていましたが逃げませんでした。ただ、このままでは本当に死ぬと思い、たけし軍団は身体を鍛えるための施設と考えるようにしたそうです。

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これからの活躍に注目パラ。