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川又三智彦 現在、借金&自己破産で田舎生活をしていた!

ツカサのウィークリーマンションの名物社長が、総資産3000億円から借金1000億円の負債を抱えていることが判明しました。

また、福島の田舎で極貧生活を送っていたのです。バブルの不動産王に起きた史上最悪の転落劇とはいったいどういうことなのでしょうか?

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ツカサの川又三智彦、ウィークリーマンションが大ヒット!

ウィークリーマンションの名物社長が借金1億円の転落人生を過ごしているみたいパラ。なにがあったパラ?

ウィークリーマンションのCMはよく見ていた人も多いと思う。元々実家が不動産業だったが、大学を卒業後留学を経て、実家の「司建物管理有限会社」の経営を任されることになる。

当時はこのCM効果もあってか話題沸騰したわ。

ツカサのウィークリーマンションを運営する「ツカサ都心開発」の代表取締役社長となったのは1973年のこと。1983年にウィークリーマンション事業を開始したのをキッカケにブレイクすることになる。

ウィークリーマンションは当時日本初だったらしいわ。

物珍しさが好きな日本人は一気に惹かれたようやな。ほんま単純やでwww カッカッカッ。

ただ、ウィークリーマンションが日本で最初に始まった時は、批判的な声も聞こえたんだ。「変な使われ方をする可能性がある」・「危険な人が現れて潜伏する可能性がある」。でもヒットをして反響の声が膨らみ、1990年にウィークリーマンション運営を主体とする「株式会社ウィークリーマンションツカサ」を設立。

ウィークリーマンションとは

っで、ウィークリーマンションってなんなの~?普通のマンションと違うのかな~?

ウィークリーマンションは、家具家電つきの短期賃貸マンションのことを指すぞ。一般の賃貸住宅とホテルの中間の滞在を目的としたマンションなんだ。数週間から数ヶ月の長期間出張のサラリーマンや地方から出てきた学生などにうってつけの物件になった。

外国人旅行者に一般民家の空き部屋を提供する宿泊の「民泊」に似てるパラ。

ウィークリーマンションを不動産関連と考えて、一時使用目的の賃貸借契約で運営している会社と、旅行関連と考えて旅館業登録をして運営している会社があって、不動産関連の会社と旅行関連の会社があるから、法律的にあいまいな部分が多いんだ。民泊もあいまいな状態で始まって、まだ法規制も整っていないから、似てると言えば似てるかも知れない。

ウィークリーマンションで成功を掴むバブル王の川又三智彦

川又三智彦社長はこの事業で、10億円で買ったマンションをウィークリーマンションにして運営したの!そして買ったマンションは1年後にその2倍の資産価値にしたわ!

すごいじゃない!でも数字が大きすぎてわたしもうよくわからないよ♪

成功したのはバブル時代の絶頂期だったから。多くの銀行が我先に「お金を借りてウィークリーマンション運営に充ててください」というオファーが殺到したの。絶対に回収できると自身たっぷりだった川又三智彦社長は、次々とマンションを建てていったわ。

ピーク時の資産は3000億円。ただ、川又三智彦さんはバブリーな生活をしていると思いきや、会社は有限会社のままで自身の年収も1000万円を越えたことがなかったそうだ。そして住居も木造家屋で車も高級車ではなく三菱のミニカだった。

川又三智彦の転落人生

絵に描いたような生活は続くはずもなく、ついに転落人生が始まったわ。

・・・パラ。

バブルが弾けた!次々と日本社会が暗黒に包まれいく。それは豪遊生活をしていた川又三智彦社長も例外ではなかった。

バブルが崩壊して土地の価値が下落していったんやな!大暴落やで!天国から地獄やー!もうあかんで!こりゃあかんわー!

銀行も「借りてください」と言っていたけど、180度転換、「なぜこんなに借りたんだ」と突き放したの。そしてこれまで助けてきた多くの人達に裏切られてしまい、調子に乗ってしまった川又三智彦社長は借金だけが残り、10年ほどはウィークリーマンションを続けるも経営はどんどん傾いていったわ。

リーマン・ブラザーズに救われるが・・・

1999年にリーマン・ブラザーズへ経営権を譲渡すことで支援を受けることに成功した。これでなんとか生き延びることができたんだ。

でも2008年にリーマン・ブラザーズが倒産したわ。リーマン・ショックは世界中を巻き込んで不況を呼び込んだけど、川又三智彦社長はバブル崩壊とリーマン・ショックの2回という打撃を受けたの。

宝くじの2回当選は嬉しいけど、この2回当たりは嫌!

さすがに耐えることができなかった川又三智彦社長は、830億円の負債を抱えて2010年に自己破産したんだ。ちなみに、2008年には2度も脳梗塞で倒れ、2010年にブルトーザーとともに転落事故に遭っている。

バブル前までの運がすべて跳ね返ってきたみたいパラ・・・。

川又三智彦の現在

川又三智彦は今どうしてるんや?

現在は福島の田舎に住んでいて、川又さんの収入は月収13万円の年金暮らし、移動の時は新幹線でなく高速バスを使う節約家になっているの。そして川又三智彦さんは猪苗代でやっていて、一番力を入れている事業「昭和30年代村計画」をしているわ。

現在の「老後どうするのか」とか、「年金、健保をどうしよう」といった問題は、昭和30年代までの日本にはありませんでした。それはなぜでしょうか。

一昔前の日本には、「醤油の貸し借り」といった近所付き合いがあり、家には多世代が同居していたからです。

これを現代で現実化させようとすれば、「新しい村を作ればいい」のです。そこでこの「昭和30年代村」構想の目的は、自分らしい生き方のできる場をつくることにあります。

地方の個性を磨いて観光資源にしていくことで、世界との共創を目指すプロジェクトです。そして、地方に「雇用」を創り出し、自治体の活性化に貢献します。

(出典:昭和30年村プロジェクトより)

多世代の家族が同居し近所付き合いが盛んだった、「昭和30代のような村」を作りたいと考えているわ!2年前に、磐越西線猪苗代駅前の廃虚同然だった敷地面積430坪の民宿を買い取って、「会津昭和30年代村企画株式会社」を立ち上げたの!

ちなみに、福島県に土地を買いデイサービスの会社や農園を立ち上げ町おこし計画を立てたけど、東日本大震災が襲った。震災のおかげで計画は白紙になり、また新たに計画を立てなければ行けなくなった。これらの裏切りに次ぐ裏切りの末ようやく前に進みだすことができている。

1991年にバブル崩壊で総資産3000億円から借金1000億円、2009年に司建物管理有限会社を清算して、負債総額 約790億円で自己破産 約830億円あった個人負債免除して、この間に病気と事故を乗り越えて今にいたるパラ。がんばって欲しいパラ。