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八ヶ岳倶楽部の現在、柳生博と息子で壊滅危機の真相

全国各地で自然が猛威を振るう今、八ヶ岳で「柳生博の森」にも緊急事態が!柳生博さんは、1980年代、テレビ朝日のクイズ番組「100万円クイズハンター」の司会を務め、「ハンターチャンス」の決めセリフで人気を集めていました。そして俳優、タレント、声優としても活躍しています。

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八ヶ岳倶楽部の危機

八ヶ岳倶楽部が緊急事態パラー!

八ヶ岳倶楽部?

30年以上前に大泉村西井出・西沢の森に八ヶ岳の麓の雑木林を約2000坪を購入して、柳生博さんらが家族で移り住んだの。そして、1989年、パブリックスペースとして、ギャラリー・レストラン「八ヶ岳倶楽部」を開設。

この雑木林は1984年より、俳優の柳生博一家が荒れ果てた赤松林だった所に手を加えて、美しい雑木林に変えたことで“柳生博の森”が誕生したわ。「住所:山梨県北杜市大泉町西井出8240-2594」

家族みんなで作った場所パラ。

クイズ番組には欠かせない司会者として多くの人に知られている柳生博さんだけど、息子を47歳の若さで亡くしているの。八ヶ岳倶楽部の経営に息子である柳生真吾氏も深く携わっていたけど、「咽頭癌」により命を落としたの。

柳生博さんは、「息子自慢していいですか。いろいろなことを勉強して、僕の子どもとしてはありえないような勉強家で、立派ってこういうことを言うのかなと思ったものです」と無念の思いを綴っているわ。

っということは・・・、一人で管理は難しいから森は・・・。

森を管理していた息子さんの死を受けて、八ヶ岳倶楽部、柳生博の森は荒れに荒れ果ててしまったわ。管理をする人間がいなくなってしまったの。草は生えて荒れ放題、昨年は雪が少なかったことにより、ニホノンジカが大量発生して樹の皮を食べてしまい木が腐ってしまう。イノシシやスズメバチも増加して、森は危機的状況に陥ってしまったの。

自然災害も多かったパラ。

うん、自然の猛威が襲ってきたわ。ニホノンジカが食べ荒らした後の木々により強度が弱くなり、台風などの強風で倒れてしまう恐れも。そして近くには八ヶ岳があって、2014年御岳山の噴火、2015年箱根山の噴火、そして日本中で活発化する火山の動きも気になにしないといけないわ。火山活動に伴う硫黄の匂いや微振動の地震も起きやすくなっているの。

地球は活動期に入っている。巨大な地震が世界中で頻発しているから安心は決して出来ない。

そういえば、“柳生博の森”にはニホンミツバチがいたパラ。大丈夫パラ?

環境豊かな場所でしか生活しないこのミツバチは荒れ果てた山の中から消えてしまったの。餌が減ったり天候の変化、外敵が出てきたなどの変化によりミツバチはいなくなってしまう。大事に巣箱を管理していた息子さんだったけど、その死から父親の柳生博さんは巣箱を遠ざけ、管理をしていなかったわ。

いなくなったパラー!戻ってきてほしいパラー!

実はその後にミツバチを捜索すると、2㎞ほど離れた森の中にいたの!柳生さんは少しだけ安心したわ。そして再びミツバチに戻ってきて貰うため、巣箱に太陽の光が入るように枝を切りその日を待っているの!息子さんの死としっかり向き合っていく決意をしたわ。

台風・地震・火山・ゲリラ豪雨といった自然と密接に付き合ってきた日本の位置関係。日本中どこにいても自然災害の恐怖はある。でも、やみに怖がらず、正しい知識で怖がり、正しい逃げ方をすることが重要なんだ。そうすることで、もしもの時が来ても対処しやすくなる。

柳生博、後継者問題で再び危機

さらに後継者問題で再び危機に陥ったパラ。80歳になる柳生博さんにはもう1人息子がいて、その次男・宗助さんが後継者として期待されていたけど、問題があったパラー。

森の経営を巡り親子トラブルが勃発してしまったみたい。宗助さんは合理主義で無駄のカットを促していたの。でも柳生博さんはこれまでしてきたやり方がベストだと反発。

水と油、まさに真逆の性格をした二人が森の経営で衝突してしまった。宗助さんは森の形を変えようとしていた。長男は自然と主に暮らしてきたけど、次男は外資系で働いてきた都会派のエリートなんだ。

去年の5月から宗助さんは森の経営に携わっているが、電気代や冷蔵庫などを改革。6万円ほど削減することに成功したんだ。そして警備費も半額以下に下げることに成功して、無駄を徹底的に削減した。

30年間で多くの業者と顔見知りになったけど、柳生博さんや家族のようなスタッフたちが30年以上続けた人の繋がりまで削減していたパラ。

二人は話し合ったけど、宗助さんは同じことを何度も言って繰り返す柳生博さんに怒っていて、柳生博さんもそれに対して「お前に何ができるんだ!」って激怒・・・。次男さんは、「いい森を作ればいいってことで30年してきたけど、40年、50年この森を守っていくと、そのめんどくさいこともしていかないといけない。」と語ったわ。そして、お父さんは「1本1本の木、虫を覚えて秋までに覚えろ」といい、「いろいろ覚えて頑張ります。」と約束したの。

実は、2014年2月、次男はシンガポールに赴任していたときに兄がたずねてきたんだ。そのとき兄はガンに侵されて危険なことをしっていた。兄は「そろそろ海外のしごとをやめて八ヶ岳倶楽部を助けてくれないか?おれは経理とか数字が苦手なんだよ」と相談されたんだ。危機迫る説得に押されて、次男は会社をやめて森を手伝うことを決めていた。

いろんな人間もようがある八ヶ岳の森パラ。