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ゴルゴ松本「命の授業」泣ける内容

少年院で魂の授業を続けているお笑い芸人ゴルゴ松本さん。漢字を使い、少年たちの心を震わせています!ゴルゴ松本さんと言えば、とんがり頭で「命!」という決めポーズで知られていますが、日頃様々な場所で行っている「命の授業」という漢字を使った授業を行っています。

お笑い番組「ボキャブラ天国」で漢字ネタがウケて、「炎」や「命」をコンビ2人で人文字として表現して話題となり、一世を風靡した彼が行っていることとは?

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ゴルゴ松本、少年院で“心”を教える

ゴルゴ松本さんが少年院で行っている漢字を使った授業「命の授業」は、4年ほど前から各地の少年院で講演しているんだ。ゴルゴ松本さんが少年院で命の授業を行ったキッカケは、知人からの依頼が始まりで、興味本位から始まり、最初は多摩少年院。

ここの少年院150人の前で行われた漢字の授業で、松本さんは「やり続けないと」という使命感に駆られたと言うんだ。目の前にいるのは法の道から外れ、犯罪を犯した少年たち。そんな彼らに対して真剣にぶつかった答えだった。少年院での矯正教育に多大な功績があったとして法務省東京矯正管区(さいたま市中央区)から表彰を受けたりもしている。

10年以上前に歴史番組に出演したゴルゴ松本さん。歴史上の戦いを勝者ではなく敗者の立場で見たとき、それはまったく違った見方ができたの。その後、様々な日本書紀や古事記に興味を示して最終的に行き着いた先は漢字の祖である「象形文字」

象形文字(しょうけいもじ)は、ものの形をかたどって描かれた文字で、絵文字からの発展によって生まれたと考えられているわ。要するに象形文字にはその時代で生きてきた人達の想いや環境が秘められているの。この象形文字との出会いがゴルゴ松本さんの「命の授業」をスタートさせた原点とも言えるわね。

ゴルゴ松本「命の授業」内容

ゴルゴ松本さんの漢字を使った授業は既に本として出版されて、高評価を得ているパラ。少年院の人だけではなく、一般の人達にも広く受け入れられているパラ。どんな内容パラ?

「辛いことがあった時、人はグチをこぼす=マイナスな言葉、弱音を吐く。」

「吐」という字は、口へんにプラスとマイナスで組み合わされている。嫌なことは吐き出しても構わない。でも、そこから成功する人、夢を実現する人は少しずつ変化していく。そして弱音は吐かず、ボジティブなことだけを言うようにする。

でも別にネガティブなことを言ってもいい。+と-の「-」の方が少しずつ減ってきて、最終的には無くなるから。そう、「吐く」から「 _ 」が無くなり「叶」という字になるんだ。夢は叶うということ。そして夢を叶えるために「叶」に1つ加える。「叫」。夢を叶えるためには叫ぶんだ!うおおおおおおおおおおお!!!!

「言霊=魂」

口癖=言葉、言葉は葉っぱのように繰り返し再生して実現しているの。良いことを言うと良いことが帰ってくる。言霊を入れると魂になる。言葉を発することで夢は必ず実現できるわ。

「仕事=働く」

働くは「はたらく」となり、「らく」。楽という言葉が入っているが、楽に働ける仕事はない。「はたらく」は、「はた」と「らく」に分けられ、「はた(周り)」を「楽」にするということ。「傍ら」(そば、かたわら。そばにいる人)。つまり、自分が楽になるためには周りを楽にしないといけない。

「辛い+抱く」

辛いと抱くを合わせて、「辛抱」という文字になるわ。辛い時だからこそ辛抱しなければいけないの。逃げていい時は危険な時だけ。その時だけは逃げていいのよ。逃げて遠くから一度眺めて、そして再び挑戦しましょう。

「感謝」も「謝罪」も謝る

罪を謝るで「謝罪」という漢字を使い、感じたら謝る。罪を犯したら謝る。ごめんなさい。「感謝」も同じように謝る。なぜ同じ文字?ごんべんに射ると書く「謝」。言葉にバンと弓を射るように言葉に発しなさい、というのが射の音で、中国では「シエシエ」と言う。

日本では「シャ」と言い、これは「あやまる」という訓読みがあるんだ。“感じたら、謝る”感謝だけど謝るんだ。なぜ謝るかって言ったら、人間が生きるためには植物、野菜、魚、動物・・・いろんな命を頂いているから。謝罪と感謝、どちらも謝るんだ。

「苦」・「困」・「災」に「難」を加えると「苦難」・「困難」・「災難」

こういうことが起こると不幸だと考えてしまう「難」の漢字。「難」が無い人生を「無難」と言うけど、無難な人生なんてありえない。だから、「難」が有る人生。「有」と「難」と書いて「有難」とするのよ。「ありがたい」、“ありがとう”。苦しいことがあったら「ありがとう」を何回も唱えるといいわ!

「幸」と「辛」

似ているような漢字だけど、幸せでも、何かが欠けたら辛くなってしまう。しかし、辛くても何かが加われば幸いになるんだ。そして「幸」は逆さにしても「幸」になる。幸せな時に崖から落ちてひっくり返ることがあってもそれは幸せなのだ。

「神」

神は自分自身。自分自身を見る時には「鏡」を使うけど、鏡をカタカナにすると「 カ ガ ミ 」、真ん中を漢字にすると、「 カ 我 ミ 」、そう、我(自分)は、カミ(神)で挟まれているの。自分の言葉でしっかりと発することでそれが言霊となって戻ってくるわ。

「迷うそして断ち切る」

「迷う」という漢字の「米」、これは四方八方に道が分かれている状態を意味している。前に進めない状態なんだ。このままではいけない。そこでしんにょうを取り除き加える。「断」。断ち切るんだ。そして「決断」をする。壁が現れたら決断し、また壁が現れたら決断をしていく。すると「米米米米米米米米・・・・・」、「米」がどんどんと増えていく。すると気づいた時には人生の「糧」になっている。米がたくさんの量があって「糧」

普段何気なく使用している漢字、見方によってすごく深くなるパラ。今の時代、漢字自体を手で書かずにコンピュータに頼っている人が多くいるから、漢字が書けない人が続出しているみたいパラ。漢字の素晴らしさを手探りで探っていくと面白い発見が見つかるかも知れないパラ。