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大久保武道、純愛か殺人か!?天城山心中事件の真相とは

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世の中をざわつかせた事件の一つに「天城山心中事件」があります。愛新覚羅慧生さんと大久保武道さんが当事者となり引き起こした事件です。「爆報!THE フライデー」など多くの番組や報道でも扱われた当事者だけが知る「天城山心中事件」の真相とは?

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天城山心中事件とは

天城山心中事件ってなにパラ?

ちょっと待ってよ~。その文字だけであぶない感じがまんさいじゃない・・・。

天城山心中事件は、静岡県の天城山で1957年12月10日に発生した事件だぞ。天城山頂トンネルと八丁池のあいだにある雑木林で悲劇が起こった。ベルナルド・ベルトルッチ監督の「ラストエンペラー」で有名な、ラストエンペラーの愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)さんの姪が、男と駆け落ちの末、心中したんだ。

愛新覚羅溥儀パラ?

愛新覚羅溥儀は、中国(清)の最後の皇帝で、満州国の皇帝も務めてるんや。ほんで、愛新覚羅溥儀の姪が愛新覚羅慧生(あいしんかくらえいせい)や。

そして、愛新覚羅慧生と心中した男が、大久保武道っていう人だ。

大久保武道の父親は青森県の南部鉄道の役員を務めていたの。

愛新覚羅慧生と大久保武道の出会い

二人はどこでであったのかな!?

2人が出会ったのは、共に通っていた学習院大学だ。大久保武道は少し変わった性格で周囲から浮いていたそうだ。孤立していた大久保武道を愛新覚羅慧生が気にして話しかけていた。

愛新覚羅慧生さんは優しい人パラ!

そんな姿をみて、大久保武道は愛新覚羅慧生さんに恋をしたの。

片思い☆彡ヒュ~ヒュ~♪

大久保武道と愛新覚羅慧生を阻む嵯峨家の存在

大久保武道は愛新覚羅慧生に一途だった。でも、愛新覚羅慧生の母の実家は華族で、嵯峨家は身分が違いすぎる大久保武道との交際に大反対していた。でも、愛新覚羅慧生は最初から恋愛対象じゃなかったけど、しだいに心に惹かれていったぞ。そして、二人は最終的に結婚を決意したんだ。

ぬぉ?愛新覚羅慧生さんの家族は納得したパラ?

嵯峨家はもちろんこれに猛反対をしていたわ。大久保武道は一時、愛新覚羅慧生と縁を切ると決めたけど、今度は逆に愛新覚羅慧生さんのほうが心配して彼に接触を試みたの。優しい愛新覚羅慧生さんは両親と大久保武道の狭間で悩んでいたわ。

でも、大久保武道は別の顔も持っていて過激なところもあったようだ。愛新覚羅慧生をめぐり、恋のライバルと暴力沙汰まで起こしたこともある。そんな大久保武道は、ある日、父親が浮気をしているのを知った。父の女性関係を知った大久保武道は「自殺したい」と愛新覚羅慧生に言っていた。

大久保武道の下宿先の寮長のもとに愛新覚羅慧生さんからの手紙が届いたわ。「大久保さんはお父さんのことで大変悩んでいます。私はそんなことで悩むのはオカシイといいました。しかし大久保さんの話を聞いているうちに私の考えが間違っているのに気づきました。私は死ぬことは思い止まるようにと何度もいったのですが大久保さんの決意はとてもかたいのです。彼を一人だけ死なせるわけにはまいりません。」

天城山心中事件の悲劇

そして、天城山心中の事件に発展していった。事件の6日前である1957年12月4日、愛新覚羅慧生と大久保武道は突如失踪したんだ。大久保武道は実家からピストルを持ち出した。大久保武道にはもともと自ら命を絶つ衝動があることを知っていた愛新覚羅慧生はそのピストルを預かっていたぞ。

大久保武道は意志を固めていたみたい。でもその後の証言で、愛新覚羅慧生は懸命に翻意するように彼を説得していたことがわかっているの。

しかしやな、願い届かずや!

二人の捜索が続けられたものの、1957年12月10日、天城山の雑木林で2人は変わり果てた姿で発見された。大久保武道は、愛新覚羅慧生を射ってから亡くなったとみられる。

愛新覚羅慧生さんは死にたくないのに大久保武道が・・・、ひどいじゃない・・・。

2人の交際に猛反対していた嵯峨家は、失踪を受けて「帰って来れば交際を認める」と、ラジオで呼びかけていたの。でもその願いはかなわなかったわ。愛新覚羅慧生さんは大久保武道に腕枕をしてもらうようにして、顔には白いハンカチがかけられていたの。

大久保武道の手には旧陸軍14式短銃が握られ、愛新覚羅慧生さんの右コメカミを撃った後、自分も自殺したと見られる。2人のそばにあったサルスベリの木の根本には、2人の爪と頭髪が白い紙に包んで埋められていたそうだ。そして、大久保武道のポケットの中には愛新覚羅慧生の写真が入っていたんだ。

本当に好きなのになんでこんなことしちゃうのかな~?わたしまったくわかんない!

両親がラジオで話す声が届いていたのかはわからないけど、もしも二人の耳に届いていたら、ひょっとすると二人は思いとどまって幸せに生きていたかもしれないわ。

身分の違い過ぎる二人の駆け落ちで起きた悲劇が天城山心中事件として今も知られている。

悲しい事件パラ。

ちなみに、愛新覚羅慧生には妹がいて、福永(旧姓は愛新覚羅)嫮生さん。1940年3月18日生まれだ。愛新覚羅溥儀の弟の愛新覚羅溥傑の次女になるけど、現在は、日本に帰化して兵庫県西宮市で暮らしているぞ。

天城山心中事件、果たして真相は?

二人は本当に結婚を反対されたから心中だったパラ?

学友たちの証言によると、大久保武道は独占欲が強くて、愛新覚羅慧生さんが他の男子生徒と口を聞いただけで責めたてたり、その生徒に決闘を申し込もうとしたことが多々あったの。

大久保武道からの求愛に辟易した愛新覚羅慧生さんに、上級生は助言している。「今逃げるとますます執拗に追ってくると思う。母のような立場に立って、彼の悩みを徐々に癒してやってもらえないか」

でも、愛新覚羅慧生さんは何度も「交際したくない」とはっきり申し入れていたみたい。6月には下宿先の寮長に、「大久保さんと交際したくないので、よろしくはからっていただけませんか」という手紙を出しているほどよ。それに、伊豆で2人を乗せたタクシー運転手は、愛新覚羅慧生さんはしきりに帰りのバスの時間を尋ねて、「ここまで来れば気が済んだでしょう。遅くならないうちに帰りましょう」と何度も言っていたのを聞いたそうよ。

こうした事柄から、愛新覚羅慧生さんは大久保武道を説得しようとついて行き、心中に巻きこまれたものという可能性が高い。

それに、愛新覚羅慧生さんの友人の証言にも「2、3日前、武道君にピストルで脅かされ、やっとなだめてホッとしたと話していた」というものがあるの。

死人に口なしや。本当のことやな、二人にしかわからへんねん。

純愛の末にお互い納得して命を絶ったのならまだいいけど、説得しようとして殺されたのならあまりにも悲しい事件になるわ。

発見時の状況から2人は大久保武道が持っていたピストルで心中したと推測されているけど、母方の嵯峨家側は大久保による無理心中であり、ストーカー殺人だったと主張している。ただ、愛新覚羅慧生はこうも語っているんだ。「武道さんが家の事情や人生に悩み、生きる価値がないと思い詰めている。いろいろ話したが正しいのは武道さんで、誰にも思いとどまらせることはできないだろう。彼を一人行かせることはできないので同行するが、これは決して彼に強制されたわけではない。」これを2人の相談に乗っていた穂積五一氏あてに手紙として出している。

人の心は複雑パラ・・・。